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リスキリング・ブームの落とし穴
-ミドルシニアの働き方をいかに変えるか-
【セミナーレポート】

パーソルキャリアコンサルティングは、ミドルシニア人材の活性化やキャリア自律に関するセミナーを定期的に主催しています。先日はオンラインにて「リスキリング・ブームの落とし穴 -ミドルシニアの働き方をいかに変えるか-」を開催しました(2023年7月6日)。

「リスキリング」は岸田首相の所信表明で「5年間で1兆円の予算を投じる」と発表され、2022年10月からよく耳にするトレンドワードのようになりましたが、決して新しい概念ではありません。

「ビジネス環境の変化が速くなれば学びが必要になる」という言説は、以前から「大人の学び」「生涯学習」「リカレント教育」など、言葉を変えて語られてきた古くて新しい課題といえます。

セミナーでは全編にわたり、パーソル総合研究所 シンクタンク本部 上席主任研究員 小林 祐児氏が講義。世間のリスキリング・ブームのなかで「ミドルシニアの働き方をいかに変えていくか」をテーマに、実例を用いながら参加者と共に考えを深めました。本記事ではその内容をまとめてお伝えします。

 

日本で学ばない大人が多い理由は?

昨今、人的資本経営、人的資本投資の流れを受け、企業規模を問わずリスキリングの取組みが推進されています。

このリスキリング・トレンドの背景には、DX(デジタルトランスフォーメーション)をはじめとする変化の激しい時代の新たな経営環境において、人的資本が不足している現状があります。

新たな領域のスキルを学び、新たな職種へと移行できる人材を教育・供給していくことが、課題となっているのです。

出典:パーソル総合研究所「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)」

しかし、日本では学校を卒業した社会人で、「学び」の習慣を持ち続けている人は多いとはいえません。

出典:パーソル総合研究所・中原淳「転職に関する定量調査」


出典:パーソル総合研究所 企業のシニア人材マネジメントに関する実態調査

日本の社内教育に目を向けると、新入社員向けの人材開発・育成・研修に予算配分が偏っています。40〜50代のミドルシニアになるとほとんど研修を受けていないというのが実態です。

また、日本ではOJT、現場での個別トレーニングへの依存度が高く、一方でOff-JT、トレーニング、カウンセリングなどの割合がとても低いと小林氏は指摘します。

リスキリング議論の妨げになる「工場モデル」

そんな状況がある中で、日本企業がリスキリングを考えるときに、「『こういうスキルを持った人材が欲しい』と不足しているスキルを明確化し、人手不足のポストにベルトコンベア方式で人材を当てはめる発想をしがち」だと小林氏は話し、その考え方を「工場モデル」と表現しています。

しかし、人(人的資本)は機械や情報などの経営リソースとは異なり、心を持っています。会社側が期待したように学んでくれるわけでも、会社の思惑通りのポストに異動してくれるわけでもありません。

小林氏の言う工場モデルの観点でリスキリングを考えると、会社や行政は「何をどう学ばせるか」に思考を割くようになります。

一方で、経営層交代やM&A吸収合併などの経営レベルの変化から、事業拡大・縮小、人事制度改定などの事業レベルの変化、仕事内容の変化、上司や同僚の交替など職場レベルの変化まで、組織における大小様々な変化に応じて必要なスキルは日々変化するため、不足しているスキルを明確化することからスタートする工場モデルでは、取組み自体に矛盾が生じてしまいます。

また、工場モデルの特徴として、「スキルを注入すればどこかで活用してくれるだろう」「スキルを明確化したら学んでくれるだろう」などと、スキル発揮や学びの動機づけに対して無策な点も挙げられると小林氏は指摘します。

リスキリングを3つの観点から考える

では、何がリスキリングを促進させるのでしょうか。

出典:パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」

一般的なリスキリングの促進は、個人目標が組織目標に関連づけられていることや、上司との個人面談で目標についてよく話し合われているなど「目標の透明性」が影響し、一方でデジタル領域のリスキリングでは、学んだ後にどんなポストにつけるかという「キャリアの透明性」が影響します。またミドルシニアになると、こうした要素の影響が大きくなることもわかっています。

出典:パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」

こうしたデータに基づいて、有効なリスキリングのためには、「研修・訓練・学習支援」とは別に、「キャリアの仕組み」「目標管理の仕組み」「学びのコミュニティ化の仕組み」の3つの観点からリスキリングを考える必要があると小林氏は言います。

対話・思考機会と絡めたキャリアの仕組みと目標管理の仕組み

リスキリングを支える「キャリアの仕組み」と「目標管理の仕組み」を一部紹介します。

キャリアの仕組み

「キャリアは運次第」と、自分のキャリアはコントロールできるものではないという考えは、従業員を学びから遠ざける要因になると小林氏は指摘します。

ジョブローテーションをはじめとして、大手企業ほど会社都合の異動が多い傾向があります。従業員が異動をあまりネガティブに捉えていない場合も多いですが、会社都合の異動が多いと従業員を学びから遠ざけてしまうのです。

従業員に「自分のキャリアがコントロール可能だ」という意識を持ってもらうためにも、社内公募や副業、社内FAなど、従業員が希望する部署や業務につける仕組みを構築・機能させる必要があります。

この仕組みを機能させるためには、キャリアについての対話と思考の機会をどの年代の従業員に対しても整えることがかかせません。

 

目標管理の仕組み

リスキリングをテーマにしたとき、目標管理まで踏み込んで議論できる人、もしくは議論している企業は非常に少ないです。「多くの企業の目標管理制度は課題だらけである」と小林氏は指摘します。評価制度と目標管理の実態調査において明らかになったのは、「暗黙の評価観」(従業員が、自社の人事評価制度や評価結果について抱いている個々人の認識)がポジティブであるほうが、目標に対する行動に反映されるということです。暗黙の評価観をポジティブに変えることが、目標に対する行動を生み、リスキリングに繋がります。

出典:パーソル総合研究所「人事評価制度と目標管理の実態調査」

セミナーでは、キャリアの仕組み、目標管理の仕組みは、具体的な企業事例を交えて説明がありました。詳しくは、小林氏の著書『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考 』(光文社新書 1245)にも書かれています。

 

学びの偏在をどう考えるか

社会関係資本と大人の学び

リスキリングの最大の課題は、「一部の人しか学ばないがどうしたらいいか」ということではないでしょうか。ここで小林氏が提案するのは学びのコミュニティ化です。

学びのコミュニティ化を理解するうえで重要となるのが、個人が持つ人間関係や信頼できる繋がりなど、互恵的なネットワークである社会関係資本です。また社会人の学びにとって何が重要なのかについて、他者の支援があってできる領域や徒弟制の観察、他者をモデルとした模倣モデリングなど様々な研究から、大人は他者とともに学んでいることがわかっています。人は人の真似で学び、目標は人から人に伝染します。

出典:International Adult Literacy Survey, 1994-1998.

例えば上図は社会関係資本と成人教育参加率の国別のデータですが、両者には正の相関があるというデータがあります。つまり、学習理論の先達の研究者たちは「リスキリング、大人の学びの中心には他者がいる」ことを明らかにしています。

模倣・真似・観察学習といった「真似し合い」、指導・教育、フィードバック、支援活動といった「教え合い」、知識の創発、知識の共有、共同実践といった「創り合い」、目標伝染、動機づけ、威光模倣といった「高め合い」など、リスキリングの中心には他者がいるのです。

出典:パーソル総合研究所・中原淳「転職に関する定量調査」

リスキリングには社会関係資本、信頼できる仲間に囲まれている環境が重要だということになりますが、OECDの調査で日本人の男性が他国と比べても最も孤独という結果が出ていることからも、ミドル以降、交友範囲が狭くなり、自己開示しなくなる傾向がわかっています。

「ミドルシニア以降の学びについて考えるとき、社会関係資本を自ら作れないということは日本企業が考えなければならない問題」だと小林氏は話します。

学ぶ動機付け

リスキリングの動機づけを考えるとき、多くの人は内発的動機づけを考え、個人のハートに火をつけるように学びの意欲を燃やしたいと考えている人が多いです。しかし、むしろ調和を大事にする日本人にとって有効なのは「集団単位のもらい火的な炭火的な動機づけ」です。

出典:パーソル総合研究所・中原淳「転職に関する定量調査」

工場モデルでは何をどう学ばせるかを考えますが、それよりも企業が考えるべきは、「誰と学ぶか、誰と対話させるか」であると小林氏は指摘します。組織内外ともに支援があったほうが学び意識は向上していました。職場外の人との交流範囲の広さや、自社について話す機会も人の学び意識を刺激している結果が出ています。

 

若い世代には社内、ミドルシニアには社外の繋がり作りを

学びのコミュニティ化を考えるうえで組織として考えるべきことは「繋がり方」です。日本企業の社会関係資本は、ジョブローテーションがあることや流動性が低いことも手伝って、社内の部署間の繋がりは強いです。これを「一次の橋渡し」と呼びます。

一方、転職やNGO、NPOのボランティア活動をする人は少ないので、「二次の橋渡し」は非常に少ないです。

そしてテレワークが多くなった企業においては、日本企業が得意なはずの一次の橋渡しもうまくいかず、社内での他部署との繋がりも希薄になった企業が多いと予想されます。リスキリングの刺激の一つである、他者との橋渡しが失われつつあるかもしれません。

「放っておいたら他者に心を開かず、学び続ける人がどんどん減っていく日本企業で、集まる場をどう設計するか、コミュニティ化をいかに主導するかが重要な論点」だと小林氏は言います。

社会関係資本を構築する取組みを年代別に補足すると、若い世代はまだ組織の中で越境できる部署があるにもかかわらず、社外への橋渡しをすると外へ出ていってしまうもったいない事例もあります。新規事業公募、社内兼務、中小企業であれば経営陣のカバン持ち、部署横断のプロジェクトなどが若手の橋渡しに良い影響を与えます。また、新人に対して部署を横断した紹介、オープンオンボーディングも有効でしょう。

一方で、ミドルシニアは社外に出る機会がどんどん減ってしまっているので、二次の橋渡し、組織外の人脈ネットワーク作りの機会を作ってあげることがリスキリングにプラスになると小林氏は話します。

NPOサポートの斡旋、大学院の学びのサポート、外部の人とのカウンセリング、社外副業などが、外のネットワークを作るうえで非常に有効です。

学びのコミュニティ化の仕組み

「学びのコミュニティ化」にはどのような仕組みが考えられるでしょうか。4つの仕組みの紹介が最後にありました。

● 組織の中で「私たちが学び続けている」という感覚をつくる、「私たちの感覚」創り
● ピアツーピア学習や、ラーニング・メンター/コーチをつける「学びあう相手」創り
● 継続的な集合型研修、もしくは選抜育成コースのような形など、ここに集められた特別な仲間感というものを醸成する「特別な仲間」創り
● 越境プログラム、新規事業開発、副業を共有する場など、普段だったら出会わない人たちと出会う場を設ける「まだ見ぬ出会い」創り

 

リスキリング支援は、学びの機会提供だけでは成功しない

小林氏は「日本のリスキリングは暗礁に乗り上げていると感じる」といいます。どの企業も自律的な学びというコンセプトのもとに、学びの機会だけを提供しただけで、従業員が一部しか使ってくれないことを嘆きます。

しかし、日本のキャリアの仕組みでは、学ばないミドルシニア、学ばない従業員はこれからも再生産され続けます。今いるミドルシニアの問題ではなく、キャリアの仕組みに問題があるのです。

教育投資を増やそうという動きは出てきていますが、リスキリングを促進するには、学びの機会提供とあわせて、(1)キャリアの仕組み、(2)目標管理の仕組み、(3)コミュニティ化の3つの仕組みの検討が必要です。

また、学びの動機づけを個人の内発的な動機付けと捉えるのではなく、集団単位のもらい火的な動機づけ、炭火型の動機づけと捉えることが大切です。

そして、そのためには「学びをフックにした社会関係資本の再構築が必要」だと小林氏は最後に強調して、セミナーを締めくくりました。

 

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