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支援型リーダーが、部下のキャリア自律を促進する
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 小杉俊哉氏インタビュー

終身雇用制度や年功序列といった従来型のキャリア体系が崩壊した昨今、企業で働く個人には、主体的に自らのキャリアを考え時代環境に合わせて働く「キャリア自律」の意識を持つ必要性が高まっています。企業としても従業員のキャリア自律を促し、支援するための仕組みづくりが求められるようになってきました。

しかし、多くの経営者をはじめとするマネジメント層を見てみると、まだ従業員へのキャリア自律支援に対する明確なイメージを掴めずに困惑しているのが現状と言えるのではないでしょうか。

人事が自社内でキャリア自律を促進するためには、これからどのような働きかけができるのか、慶應義塾大学SFC研究所 上席所員の小杉俊哉氏に詳しく伺いました。

正しくキャリア自律した社員は離職しない 大切なのは成長実感を味わえる環境づくり

20年以上前からキャリア自律が謳われてきましたが、企業での取り組みがなかなか進まなかった背景にはどんなことがあるのでしょうか。

まず、キャリア自律を推進するメリットはたくさんあります。組織にとっては、生産性が上がること、イノベーションが起こりやすいこと、その結果、会社の事業成長につながることなどが考えられます。個人ベースで考えると、自分のやりたい仕事が選べること、市場価値や報酬が上がることなどが挙げられるでしょう。ただし、こうしたメリットが形として表れるまでには、どうしても時間がかかりますよね。最初にでてくるのはデメリットの方なんです。

そうすると、メリットよりもまずデメリットの方に目がいきがちですね。

その通りです。組織では、マネジメント層が「自律した個人をマネジメントするのは、非常に難しいことなのではないか」といった危惧を持ち始めることです。自律した個人は、従来のやり方で指示を出しても動いてはくれない。すると、マネジメント側は彼らをサポートするために自ら学習し直す必要があるなど、負荷もかかるわけです。個人側でも、言われたことをやっていれば良い、組織側が面倒見てくれるところから、自分自身で考える必要がでてきて、これがしんどい。というようなことが短期的にでてきます。こうしたデメリットが先に立ってしまうことが、長らく多くの企業でキャリア自律が進まなかった理由だと思います。

キャリア自律を推進していくためには、どういった取組みが必要なのでしょうか。

パーパスやビジョンの共有などをとおして、一人ひとりが正しい形でのキャリア自律を実現できる環境をつくることが大切です。一部の経営者は、「キャリア自律した個人は離職してしまうのではないか」と危ぶんでいるようですが、正しく自律意識を持った個人は、むしろ組織のパフォーマンスを最大限に発揮するために力を尽くします。ただ、そのために必要なのは、彼らが成長実感を味わえる環境です。それをどうつくるかというと、これまで通りの「マネジメント」ではなく「リーダーシップ」であると私は考えています。

 

VUCA時代に必要なのは、リーダーがサポート役に徹する支援者型リーダーシップ

キャリア自律人材を育成する環境にはリーダーシップが重要とのことですが、詳しくお聞かせください。

昔からある学問領域に「オーガニゼーショナル・ビヘイビィア(=組織行動)」というものがありますが、この中で組織行動には3つの要素が必要だとされています。それが「リーダーシップ」「キャリア」「モチベーション」です。つまりキャリアについて考える際には、そもそもリーダーシップという要素は切り離すことはできないということなんです。

さらに深掘りしてお話すると、ビジネス上の不確実性が高いVUCA時代において新しく普及しつつあるのが、支援者型リーダーシップと呼ばれる「リーダーシップ3.0」です。リーダーシップ3.0の特長は、リーダーがチームのサポート役となり、メンバーのまさに「自律的な行動」を促す点にあります。イノベーティブというよりは、メンバーの仕事ぶりを背後から見守り、影からサポートするタイプのリーダーシップです。決して指示を出しすぎず、「どうすればいいか」と問われたときには「あなた自身はどうしたいのか」と問い返し自律を促していくイメージでしょうか。

「リーダーシップ3.0 〜カリスマから支援者へ」(祥伝社新書)より

なるほど。「キャリア自律促進」と言われてピンとこない経営者も、「リーダーシップ」というワードを用いることで納得感が深まるような気がします。

そもそも「自律」を端的に言うと、「自分に対してリーダーシップを発揮すること」ですから、本質的には通じているんです。そしてこれは重要なポイントですが、自分に対してリーダーシップを発揮できない人間が、他者に対して発揮できるはずがありません。さらに言うと、リーダーシップは自己承認・自己理解とも密接に関係していると思いますね。まず自分のことをしっかり受け止め認められるという資質がリーダーには必要で、その資質があるからこそ他者からも認められていく、といったポジティブな連鎖が起きていく。このことを経営者の方には知っていただきたいと思います。

 

単一な思考からイノベーションは生まれない、多様な組織を構築して活かしていくことで初めて生産性が上がっていく

時代が移り変わるとともに、少しずつですがさまざまな企業がホームページ上で「キャリア自律」について言及するようになりました。この機運についてはどのようにお考えですか。

2020年9月に発表された「人材版伊藤レポート」で人的資本の重要性について語られましたが、これからの雇用体系において会社と個人は対等であり、互いに選び選ばれる関係であることは自明の理です。特に若い世代であればあるほど、「キャリアは自分でつくっていくもの」といった意識は強くなってきており、平均的な転職回数も増えています。昨今では「エンプロイアビリティ=雇用されるための能力」といったワードも見聞きしますが、雇用された会社で働き続けるためにどのような貢献ができるか、あるいはどのように自らを高め続けられるかを個人が追い求める時代が到来しています。

こうして発生してきた自律意識に対し、やはり会社としてもサポートすべきだという機運が高まっているのは自然なことと言えるでしょう。ここでの振る舞いがエンゲージメントや生産性を左右することは間違いありませんから、ある意味で企業側も外堀を埋められつつあるのが現状なのだと思います。

この機運を一過性のブームで終わらせないためには、経営者がキャリア自律に対して本気で取り組む姿勢が求められるようになりますね。

そうですね。ただ現段階ではまだ、経営者や管理者が本気で方向性を指し示している例は少ないと感じます。そうは言っても、未曾有のコロナ禍であらゆる既存の価値観が崩壊し、我々も「過去の延長線上に必ずしも未来がやってくるわけではない」という危機感に迫られていることに間違いはありません。こうした先の見えない世の中であればあるほど、一人ひとりのタレントを生かして組織内で活躍できる環境を提供できない企業に未来はないという危機感を経営者は持つべきでしょう。

それでもそういった危機感を持つことができない経営者に、人事としてはどんな働きかけができますか。

経営者自身を下から変えることはおそらく難しいでしょうね。できることがあるとすれば、「ファクトやデータを指し示すこと」だと思います。たとえばこれまでに人材の多様性=ダイバーシティがどのように促進されてきたかというと、やはり「エビデンス」なんですよね。単一な思考からイノベーションは生まれない、多様な組織を構築して活かしていくことで初めて生産性が上がっていく、こうした裏付けは世界各国の調査で裏付けられています。

キャリア自律に関しても同様に、エビデンスを駆使して経営者に訴えかけていくしかないでしょう。このままではZ世代の離職は避けられず、今後の会社の存続に関わるということを人事の側から継続して伝えていく必要があります。

キャリア自律を促進させるために必要な3つの要素とは

キャリア自律を促進していくために、現場がすべき具体的な施策についてお聞かせください。

組織内でキャリア自律が実現されるためには、3つの要素が揃っている必要があると考えます。一つ目が、「管理職/ミドル・シニア層にもキャリア自律とはどういったアクションなのかを認知してもらうこと」です。ともすれば、彼ら自身にだってまだまだ変われるチャンスはあるはずです。定年は今後延長されていきますし、リスキリングも推奨されている昨今、自分のキャリアを考え直すチャンスが訪れていると前向きに捉えてもらいたいところです。

そして二つ目が、「若い人材が自律的にキャリアを形成していくにあたってのサポート」です。これまで日本企業というのは、キャリア支援や後任の育成に関しては後手後手に回っていたところがあります。その風土にテコ入れをして、管理職やチームリーダーは若手をサポートし後進を育成しなくては昇進できないという制度をつくってしまうんです。

かなり大胆な制度改革のように感じられます。

実際にこうした制度を導入して、非常に大きな効果を出した大手住宅メーカーのお手伝いをしてきました。自分の業績を上げれば自然と昇進するという従来のシステムから、部下の育成を支援して、合意形成のうえビジョンを描くところまで推し進められて初めて昇進できるといった制度です。このことで、おのずとキャリア開発や部署間異動の公募システムなどの領域が発展し、キャリア自律を支援する風土が構築されていくんです。

そして三つ目に大事なのが「経営者からの強力なメッセージング」です。先ほどエビデンスを持って経営者を説得すべきだといったお話をさせていただきましたが、そのうえで経営者の口から“発信”してもらうことが非常に大きな効力を発揮すると私は考えます。

 

最後に、これから先キャリア自律を推進していきたいと考えている人事担当者に向けて、メッセージをお願いします。

今盛んに「パーパス」というワードが使われていますが、これは何のために社会に存在し、どのように貢献していくのかをようやく組織が追求し始めたことの表れだと思うんです。個人にしても、自分は何のために働いているのか、そもそも自分とは何者なのかを問い、所属する企業を使って世の中にどんな形で寄与できるのかを考え始めなくては、ともするとAIに置き換えられる人材となりかねません。

組織と個人のこうした意識の接点が生まれれば、非常に大きなパワーを発揮するでしょう。であれば、企業には両者が接点を持つための機会を創出することが大切になってきます。具体的には、実際に組織内で、あるいは組織の枠を飛び出して活躍しているキャリア自律人材の話を聞くこと。“起業家のように企業で働く”、自律したキャリアモデルの存在を知ることが、より効果的な研修として役立つと私は思います。

キャリアというものは他の要素とともに捉えるべきものであり、決して単体で考えるものではないとお話ししましたが、同様に、研修の目的が「キャリア自律そのもの」になってしまっていると、もしかすると本質からずれていってしまうかもしれません。