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キャリアの「自律」と「選択」
住友生命保険相互会社の事例

2018年に策定された人的資本に関する情報開示のガイドライン「ISO30414」や2023年3月期決算から上場企業などを対象にされた人的資本情報の開示義務化などをきっかけとして、「人的資本経営」への関心が高まっています。人的資本経営の実現のために、どのような視点から、何に取り組み、どう実践していけば良いのでしょうか。

人的資本に関する研究会の報告書として公表された「人材版伊藤レポート」のなかでは、
個と組織の関係性の変革が課題の一つとして取り上げられています。これまでの終身雇用にみられる企業と個人の相互依存の関係から、個人が自律的なキャリアを築き、企業成長・イノベーションにつなげるといった、互いに選び選ばれる関係性へと変わりつつあります。

このような状況下で、人的資本経営へいち早く取り組んできた住友生命保険相互会社の人財共育本部事務局長を務める山田哲之氏に、これまでの取り組みについて対談形式でお話を伺いました。対談相手を務めたのはパーソルキャリアコンサルティング執行役員の榊原秀樹です。

どの状態を目指すべきか。組織を動かす「伝わる」アプローチ

榊原:生産年齢人口の低下が社会全体の課題として長年に渡り語られてきました。近年では「人生100年時代」をテーマに人材育成や労働市場のあり方が議論されるなど、キャリアの在り方がこれまでとは違ったものに変貌を遂げようとしています。

さらに、人的資本経営の流れも加速しており、ビジネスパーソンは今後ますますキャリア意識の変容を求められることになるでしょう。これは若年層からミドル・シニア層に至るまで、全世代に共通している状況です。

このような流れの中で、住友生命保険では、キャリア意識の変容を人財共育本部が牽引していると聞きました。

 

山田さん(以下、山田):お客さま・社会のウェルビーイングに貢献するために、根幹となるのは「人の価値」です。この「人の価値」を高めるために、住友生命保険では人財共育本部を中心として取り組んでいます。

私は2023年4月に事務局長に着任したのですが、着任に先立って当時常務の高田(現社長)から渡されたのが「人材版伊藤レポート」でした。このレポートで書かれているように、企業経営における人材戦略を変革させ「人的資本の価値創造」を実現させる、そこからのスタートでした。

私自身を振り返ると、元々、人事や教育領域など「人」に焦点をあてたマネジメントをしてきました。当時は、今後の自身のキャリアプランを考える時に、上意下達の文化といいますか、効率という名のある意味で窮屈な世界ということも若干ありました。正直なところ、このままスミセイで仕事をするか、社外にでるか悩んでいる時期でもありました。そのときに高田との会話のなかで「まず、今からなんだ」という言葉があり、この定年を迎える前の「今から」という言葉に刺激を受け、社内でのキャリアを改めて選択したわけです。

榊原:なるほど、「今から」という言葉はシニア人材にとっても心強いです。対談に先立って人財共育本部の資料を拝見したのですが、「対話」を重視している点、丁寧に伝える点が印象に残りました。上意下達など、これまでの文化をガラッと変えるということも意識されていたのですか?

 

山田:そうですね。上意下達の文化は、受け止め方によっては偏りが生じますし、また川下の姿が、川上(経営陣)に正確に伝わらないという弱点があります。人財共育本部の役割として、経営のメッセージを紐解きながら伝えることと、現場の姿を経営が聞きたくない声も含めて届けること、この両方の機能を持たないといけないと覚悟をもって取り組んでいます。

 

榊原:さまざまな考えの方がいらっしゃいますし、受け止め方も多様化していると思います。経営やマネジメントが伝えるだけでは、なかなか行動に結びつかないです。上意下達の文化で伝わってしまうなかで、どういうアプローチで「伝わる」に取り組まれたのですか?

 

山田:これまでの経験で「共感」と「共有」が必要だと思っています。まず必要な状態としてビジョン/パーパスに対する共感が必要です。しかし、ビジョン/パーパスの意義をそのまま説くだけでは共感は生まれません。共感を生むためには、人間は弱い部分があるので、ビジョン/パーパスの実現と各個人の利益を紐づけることが大切です。

 

一方で、ビジョン/パーパスに対する共感だけでは、形作られた目に見えるものではないので、付いてこられない人が出てきてしまいます。そこで具体的なモノを提示し、それを「共有」する状態を作る必要があります。この「共感」と「共有」がされている状態が揃っていることが、浸透する「伝わる」ことに必要なことだと考えています。

 

榊原:「共感」と「共有」の状態が作ることが取り組みの背景にあるんですね。どういう状態にあるべきなのか、その状態に向けて必要なものは何なのか、整理され進められるのが大事なのだなと改めて思いました。

10年先の「あるべき姿」から人材要件を導き出す

榊原:これまでの文化の変革を見据え、共感と共有の状態を作るために、具体的にどのような取り組みを進めていったのでしょうか?

山田:まず最初に、経営理念・経営戦略と、人材戦略の連動です。そこで10年先のイメージを作ることから始めました。10年先という今まで考えなかったことを必死になって汗水かいて考え始めることによって、現状(As-Is)と、目指すべき姿(To-Be)のギャップというのが明確になりました。次に、現状(As-Is)を見たときに、目指すべき姿(To-Be)を具現化できる人とはどんな人なのだろうというところから、人材要件/コンピテンシー(行動特性)を定義できるようになったという流れです。

 

榊原:共有するためにも「コンピテンシー」という具体的なモノに可視化されたんですね。コンピテンシーを定めるにしても、どのような視点から可視化されていったんですか?

 

山田:コンピテンシーは、全職員に共通して必要となる「スミセイコンピテンシー」、職制ごとに求められる「職種別共通コンピテンシー」、各部門の求める人財像となる「専門コンピテンシー」の3つに分類し、これらをほぼ同時並行で作成しました。

策定にあたって最初は、専門コンピテンシーを定め、「自分はどんな仕事について、どうなりたいのか」というキャリアを考えるための人材要件だけに絞るという意見もありましたが、各部門との対話のなかで、共通のコンピテンシーがあることが分かってきました。

各部門とケイパビリティを人材要件に置き換えるにはどのような言葉になるのか対話しながら、一方で「スミセイらしさ」は何か、リーダーが持つべき要素は何か問い続け、約半年間でコンピテンシーを作り上げました。各部門も協力的になってくれていましたし、経営にも何度も相談しながら「みんなでこれをやろう」という空気感ができましたね。

 

榊原:職種と部署のそれぞれのレイヤーで対話を進めることの大変さを思えば、驚くべきスピード感です。社内に取り組みが浸透していることが表れたエピソードですね。

コンピテンシーにもとづいた対話が「自律」と「選択」に導く

榊原:コンピテンシーを定義する段階から社内の意識が変わっていく様子を興味深く聞かせていただきました。さらに一歩踏み込んでお訊ねしたいのですが、住友生命保険ではコンピテンシーにもとづいたタレントマネジメントをどのように進めているのでしょうか。

 

山田:まず若手に関する現状からお話をすると、若手期間は「コンピテンシーの習得期間」と位置づけることにしました。必要なコンピテンシーを習得している。もしくは、その取得のための努力をすることで、入社後、約8年の時点で、所定の資格に昇格できるようになりました。以前は、毎年の考課で差がつき、所定年数の昇格率がありましたが、努力次第で全員が昇格できる仕組みにしました。

榊原:コンピテンシーを習得するために、自律的な成長に各々が向き合うことを期待しているわけですね。一方で、個人任せではなく各自の成長を最大化するためには、個別のフィードバックが持つ意義は大きいと思います。この点について、住友生命保険ではいかがでしょうか。

 

山田:もともと人事面談は頻繁に行っている会社です。蓄積された定性のワードは山ほどあります。ただ、それが共通言語になっていない、定量化されていないなど、可視化されていない課題がありました。今はコンピテンシーという共通言語が生まれ、各自の足りない部分はタレントマネジメントシステムで可視化されるようになるので、これをフィードバックに活用していきます。

 

榊原:キャリア支援を若手のうちから育んでいるのですね。この場合、若手との対話を担うことになる上司自身も、キャリア意識を時代に合わせて変容させていく必要が出てくると思います。管理職としてのキャリア意識の変容はどのように促しているのでしょうか。

 

山田:管理職は、1on1など若手との対話を経るうちに自律的な変容を遂げていきます。若手に対して「コンピテンシーを伸ばそう」と言っている人は、自然な流れで自分自身のコンピテンシーとも向き合うようになるわけです。

住友生命保険では、会社側は経営戦略・人事戦略、コンピテンシーなどをオープンにしています。一方で職員も自分がどうありたいのか、目指す姿に向けて何を努力しているのか、各自のキャリアプランを開示できるような仕組みにしていて、そうすることで、会社と個人の対等な関係性を模索しています。そして、管理職とは自律的な成長を促すための支援者と位置づけています。若手の成長を支えることが自分のためにもなることについて管理職たちに納得してもらうためには、このような全体像をオープンにすることが必要だと考えています。

 

榊原:管理職の方々の中にはミドル・シニア層が少なくありません。日本的雇用慣行の価値観を当然と思っている場合、会社と個人の対等な関係性を理解するまでに時間がかかる方もおられるのではないでしょうか。

 

山田:意識変容の進捗にばらつきが生じることは、もちろん想定しています。全体主義的にならないようにしなくてはならないので、足踏みをしている人を排除するのではなく、先に進む人をどれだけたくさん作れるかに注力しています。この点については、全支社・全部署との対話に、4人の管理職経験者でエヴァンジェリストチームを作って尽力しており、対応を進めているところです。

潜在的なニーズも含めて汲み取る。形骸化させない制度設計/環境整備

榊原:コンピテンシーの把握からタレントマネジメントに至るまで、対話を重ねながら進めてきた過程についてお話を聞かせていただきましたが、自律的な成長を促すためのエコシステムが機能していることがよくわかりました。

さらにお訊ねしたいのですが、自律的な成長を支援する視点として、学習の機会やキャリアを選択する機会など、行動を促す仕組みについて、どのような取り組みが行われていますか。また、制度設計にあたってのポイントがあれば教えてください。

 

山田:行動の支援についても様々な側面から取り組んできました。eラーニングを全員が利用できるようにしたほか、外部の講座を受けるためにかかる費用も補助しています。また、広い視野を持ってキャリアを捉えてほしいので、各部門の業務を部長が社内向けに説明するイベントを開いていることに加えて、関心を持った業務には自薦による参画ができるように制度を整えました。

施策や取り組みについては、会社側の押しつけにならないように心がけてきました。社内のニーズを考慮せずに、上意下達の感覚で環境整備を進めてしまうと絶対に形骸化してしまいます。そこには魂がこもっていないからです。

形骸化を防ぐためには、各事業部と面談しながらニーズを汲み取り、タイミングを見計らった上で、環境整備を進めることだと思います。潜在的なニーズを含めて汲み取っていくプロセスは、保険設計の業務と一部似ているので、私たちの得意とするところです。ニーズの後付けのような流れも含めて、成長のための環境整備に取り組んできました。

 

榊原:近年ではミドル・シニア層のキャリア支援について多くの方から問合せが寄せられています。ミドル・シニア層の活性化に課題を感じておられる方は少なくありません。

しかし、今までのお話にもあったとおり、潜在的なニーズを汲み取らないままで進める取り組みでは押しつけで終わってしまうと思います。ミドル・シニア層におけるキャリア支援の難しさをどのように分析しておられますか。

 

山田:ミドル・シニア層にあたる人たちが、自らの現状を可視化できていないことに問題があります。これまで見えている世界だけで仕事をしてきて、いきなり知らない世界に放り込まれたとき、自分に足りない要素がわからないわけです。

現在はシニアの人たちが、可視化できていない状態で知らない世界に放り込まれたとき戸惑っている様子を、ミドルの人たちが目の当たりにしています。上の世代をモデルに自分の未来を描くようなキャリア意識は通用しないという認識が徐々に広がっています。

 

榊原:キャリアに対する危機感は、今後ますます世代を超えて波及していくでしょう。上の世代というお手本のあるキャリア観から脱却し、現状を可視化、ミドル・シニア層のキャリア意識を変えていくことには大きな意義があると言えそうです。

キャリアの不連続性とマインドセットの切り替え

榊原:これまで30年という経済成長が難しい時代の中で、人の価値をどう上げるかということにようやくフォーカスが当たり始めました。企業の生産性向上という面でも、企業も個人もマインドセットを切り替えていくことが今以上に必要になるのではないでしょうか。

 

山田:そのとおりだと思います。自分の経験に基づいて語るなら、「自分は何者でもない」と意識することが大切です。これまで培ってきた経験がまったく通用しない場面も出てくるでしょう。何者でもないがゆえに、これまで培ってきた経験もリセットしやすく自分なりのキャリアにつながります。

企業側も、会社と職員は対等な関係性であり、選び選ばれる関係になるということに覚悟をもって取り組むという姿勢が必要な時代になってくるでしょう。

 

榊原:「人生100年時代」と最近では言われるようになりましたが、実際、ミドル・シニア層と呼ばれている人たちを見ると、まだまだ元気な方が大勢いらっしゃいます。その中には、まだまだ活躍できるのに自信を失っている方もいるようです。私たちが「これからも活躍できますよ」と背中を押していきたいです。

キャリア意識の変容は一足飛びに成し遂げられるものではありません。キャリア自律を促進し、キャリア選択の機会を作ることが企業成長につながること、自分の「はたらく」を自分で考え選択することができる世の中を作っていくことが改めて大切だと感じました。