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企業の成長を支える
キャリア形成支援の歴史と課題
立命館大学大学院教授 古田克利氏インタビュー

近年、労働市場における人材流動化の必要性が説かれるとともに、従来の終身雇用制度や年功序列に依存しない「キャリア自律」の重要性が高まっています。企業は従業員一人ひとりのキャリア形成を支援しながら、組織としての成長を持続させるための新たな仕組みを模索しています。しかし、企業の人事部門や経営層の間では、キャリア形成支援の具体的な方針や実践方法について、いまだ試行錯誤が続いているのが現状です。

日本のキャリア形成支援政策は、時代とともにどのように変化し、現在どのような課題を抱えているのか。そして、企業はこれからどのように従業員のキャリア自律を支援し、組織の成長へとつなげていくべきなのか。立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科の古田克利教授に、歴史的背景や政策的課題、そして未来の展望について伺いました。

キャリア形成支援政策の歴史的変遷 職業訓練から職業能力開発へ

はじめに、古田先生の専門領域や研究内容と、キャリア形成支援に関する研究を始めたきっかけについてお聞かせください。

一言で説明すると人材マネジメントですが、学問分野でいうと経営学における組織行動論を専門としています。組織のなかで「人が(心も含めて)どのように動くのか」について関心があります。もともとIT系の民間企業にいて、人事と経営企画に携わりながらキャリア形成支援制度の設計を担っていたのですが、従業員からキャリア相談を受ける機会が多かったんです。はじめは独学で学んでいましたが限界を感じ、専門的に学ぼうと産業カウンセラーの資格を取ったことが、キャリア形成支援の研究を始めるきっかけになりました。

 

『労働者のキャリア形成支援─キャリアカウンセリングの政策的及び実践的意義と課題』というテーマで論文を書かれた意図を教えてください。

これは日本労働研究雑誌 2025年1月号(No.774)の特集号に掲載された論文(※)なのですが、「企業の中の不適合への対処」というテーマで、主に企業内のキャリア形成支援、キャリアカウンセリングに焦点を当ててほしいと依頼を受けて執筆しました。経営学の人材マネジメント論のなかでは、企業と従業員の不適合については度々議論の種になっており、厚生労働省も国の能力開発の中期計画のなかで、重要なテーマとして定期的に取り上げているほどです。

キャリア形成の政策課題については、どの年代にどのような法律が作られてきたことで改善が図られてきたのか、論文の中身にも少し触れながら教えてください。

今回の論文のなかでは、3つの節目を用いて紹介しています。

まずは1958年、「職業訓練法」の制定です。戦後間もない時代で、まだ丁稚奉公的に労働者を雇って厳しく育て、技能を継続していくといった背景のなかで、「労働基準行政(企業による技能者養成)」と「職業安定行政(国による職業訓練)」の両側面から、労働者を守るために制定されたものです。

そして1985年、職業訓練法が「職業能力開発法」へと改称されました。これを機に、いよいよ労働者の自己啓発が重要なキーワードとして行政に入り込み、基本方針のひとつの柱とされました。このフェーズはその後20年以上、形を変えながら推進されていきます。

2016年には職業能力開発法の改正がなされ、名実ともに労働者の責任としての自律的キャリアデザインが求められるようになった、という歴史があります。

 

キャリア形成支援の目的を見失わない。組織が求める価値観の言語化と個人の腹落ち感

約60年の間で歴史的な大きな動きがあったのですね。組織が求める価値観と個人の持つ価値観、どちらも重要視されるようになってきたなかで、企業のキャリア形成支援はどのように進化していったのでしょうか。

まず組織経営において、「“組織”の求める価値観というのは絶対的に必要なものだ」という前提に立ってお話しします。今でいうパーパス、一昔前で言うミッション・バリューといった企業理念というものは、自社のあるべき姿を提示し、それを従業員に浸透させるものであり、政策のセオリーとして不可欠だと私は考えています。

それに対して、緩やかではあるものの、“個人”の持つ価値観も昨今明確化されてきている。そのギャップに対して、企業がどのように対処していくのかが、いま課題となっています。

具体的な施策の進化としては、キャリア形成支援の担い手がこれまで上司であったものを、社内外のメンターや専門家の手に委ねるようになってきたことが挙げられます。また、組織開発やオンボーディングを通して、チーム単位の価値観と個人の価値観を擦り合わせていくこと、あるいはセルフキャリアドックや1on1を通して、個人の価値観を拾い上げていくことなどの支援の活発化も挙げられます。

 

現在のキャリア形成支援について、古田先生が課題だと捉えていることはありますか。

まず、キャリア形成支援の目的自体が見失われたまま取り組まれているのではないか、という危機感を感じています。そもそも企業のキャリア形成支援は、事業を存続・成長させるためにあると私は考えています。その過程として、従業員の自己実現を目指し成長を促すという工程がある。キャリア形成支援は福利厚生ではないのです。

組織が求める価値観や役割の明確化をないがしろにし、言語化されないまま、従業員の自己実現を目指し、いきなり「それであなたはどうなりたいの?」という問いから始まってしまうことは、本末転倒だと考えます。

ただ一方で、求められる価値観や役割というのは外部から一方的に与えられるものではなく、従業員一人ひとりが意味付けていくべきものであるという点にも留意が必要です。

企業と従業員が価値観だけでなく不安を共有するための場、キャリアディスカッション

今回の論文では、キャリア形成支援に関するどのような分析を行い、どのような結果が得られましたか。

キャリア形成支援のターゲット像が、人事社員のなかの「意思決定担当者」と「制度運用担当者」の間で異なっている可能性があることが示唆されるような結果が得られました。具体的には、意思決定役割を持つ人事社員が想定するターゲットが高業績者層であるのに対し、運用役割の人事社員の想定するターゲットが要支援者である、という大きな違いです。さらに、高業績者層をターゲットとしている人事社員の多くは、特に若年層へのキャリアカウンセリングの重要性を高く評価していることもわかりました。

 

キャリア自律支援に対する関心の強さは、やはり年代によっても大きく変わってくるものなのでしょうか。

若年層は特に関心度が高くなっていると言えますね。ひとつには、SNSの活発化により、知人・友人たちのキャリアが可視化される機会が増えたために、自身のキャリアに悩みを持ちやすくなっていること。そしてもうひとつは、社内の上層部を見て自身の未来に不安をおぼえていることです。プロパーではなく外から来た人間が突然上司になったり役員に就いたりする昨今では、従来のように自然と出世していずれは役員になって……というような安泰な未来図が若年層には描きづらいのです。

 

企業と従業員の目標や方針のすり合わせにおけるキャリアディスカッションの重要性については、どのようにお考えでしょうか。

企業と従業員の間で価値観を共有し、互いにその価値を意味付けるための重要な役割を持っているでしょうね。キャリア形成を目的とした話し合いや議論の場であるキャリアディスカッションにおいては、問題や不安を「解決する」ことだけが目的ではありません。例えば、上司も部下も「会社の将来がどうなるかわからない」といった不安を抱えることは自然なことです。だからこそ、お互いにそういった不安を認めつつ、「どうすれば前向きに進めるか」「どこを目指していくべきか」を話し合う場として活用することが大切です。

 

問題解決思考から、今後は未来創造思考のための支援がより重要に

キャリアディスカッションにおいて、特に1on1に関しては難易度の高さを感じている上司も少なくないと思います。その実態や理想の姿についてお聞かせください。

現場の声を拾ってみると、上司の力量に大きなばらつきがあるようです。1on1という制度以前に、上司によって対話のスキルには大きな差があるのが実態です。ではどうすればいいかというと、最も現実的な方策は、多方面からの支援を導入することだと思います。社内に適任者がいればその人が専門として行うのもいいでしょうし、もし難しい場合は社外の専門家の力を借りるというのもひとつでしょう。一方で、上司の力量を平準化していくためのカウンセリング・コーチング支援もまた、企業においては不可欠だと思います。

キャリアカウンセリングの提供方法や支援のあり方は、今後どう進化していくべきだと思いますか。またそのために企業が行うべきことは何でしょうか。

ここまでの総括にはなりますが、3点ほど挙げられると思います。まずキャリアカウンセリングにおける最大の課題としては、問題解決思考のバイアスが非常に強いという点を先ほど挙げましたが、今後は未来創造思考のための支援がより重要になってくるはずです。そこで、両側面のバランスをいかに取っていくかが人事にとっても上司にとっても重要になってくるでしょう。

二つ目は、思い切った人材投資です。キャリア形成にできる限り多くの予算を投資し、支援者としての上司の負担を軽減しながら本人へのキャリアカウンセリングの機会を提供するなど、多面的な施策・支援としての人材開発・組織開発を進めていくことが求められるでしょう。

そして最後に、自社の事業構造あるいは事業特性を、人事が経営者目線で語れるようになる必要があると思います。その上で従業員を、部門・年代・職種・職位といった具合にセグメント化し、支援者のターゲット選定を行うこと。全方位でいくのか、ニッチでいくのかなどを組み立てていくべきではないでしょうか。

ひとつの制度を取り入れたあとは当面動かさないで運用を続けるべき、という考え方もありますが、むしろこれからの時代のキャリア形成支援には仮説検証が不可欠だと思います。事業変化に追いつくために、手を替え品を替え効果測定を行っていくことを提案します。

労働者のキャリア形成支援─キャリアカウンセリングの政策的及び実践的意義と課題