INTERVIEW
「変化を拒む社員」を「活躍人材」に。
ミドルシニアの自律的キャリア実現を促す支援とは
昭和女子大学客員教授 白河桃子氏インタビュー
DX推進やAIの登場、リモートワークなど働き方改革などにより、ビジネスの現場では一層変化が激しくなりました。
顧客のニーズや外部環境の変化を敏感に察知しなければ企業成長が難しい時代に、変化を拒む社員/変化に適応できない社員の存在が問題となっています。
少子高齢化に伴う労働人口の減少が社会課題となり、より一層の優秀な人材の採用が困難になっていくなか、企業では今いる人材をどう活用するかが成長のカギになります。
なかでも、ボリュームゾーンとなる40代から60代のミドルシニア人材は、企業に大きな影響を与える年代で、活性化は不可欠な要素です。
この課題に企業としてどう向き合うべきか、内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員や内閣府委員などを多数歴任し、
『働かないおじさんが御社をダメにする ミドル人材活躍のための処方箋 (PHP新書)』など働き方に関する著作も多い白河桃子氏にお話を伺いました。
生産性や若手のモチベーションが低下……「変化を拒む社員」が組織に及ぼす影響
近年ではミドルシニア人材の活性化を重要なテーマと捉える企業が増えています。その背景には、どのような事情があるのでしょうか。
生産性低下などさまざまな課題が顕在化してきたからだと考えています。人口構造上、現在のミドルシニア人材は一番採用が多かった世代です。その世代が順次役職定年を迎え、再雇用で給与が下がり、モチベーションが低下する。さらにはマネジメントサイドから一般社員として現場に戻ったら、現場が以前と大きく変化していてついていけず成果を残せない。こうした上の世代の行く末を見る若手が、「この会社にいても未来はない」「ゼネラリストではなくスペシャリストを目指すほうが安全だ」と考えてしまうのも無理はありません。
近年では企業側もミドルシニア人材に対して「活躍をしてほしい」「イノベーションが起きる風土改革を担う人材になってほしい」といった期待を持つようになってきていますし、労働人口不足を補うために戦力でいてほしいがゆえに役職定年の廃止や処遇の引き上げをする傾向にあります。
そうしたなかで、ミドルシニア人材の特徴や性別・年代による特性についてはどう捉えていますか。
総務省統計局 労働力調査によると、40代から60代の就業者数は男性が多い傾向があります。その理由の一つは、女性の第1子出産後の就業継続が増えてきたのは、時短制度が努力義務から措置義務となった2010年以降だからです。それまでは、女性が働き続けようと思ったら、相当な努力や、環境に恵まれている必要がありました。そのため多くが男性なのです。さらに、日本では多くの場合、40歳前後で役職についたり、部下を持ったりします。加えて、転職経験のない人が多いのも特徴です。このように、性別や属性において非常に同質的になりやすいといえます。
白河さんは著書の中で、同質性のリスクについて書かれていましたね。
同質性は集団的浅慮を引き起こすリスクがあります。集団的浅慮とは、いくら個々が優秀でも同質的な人たちが集まると意思決定の質が低くなる現象を言います。自分の集団を過大評価する一方で、他の集団を過少評価してしまう。周囲が見えなくなり悪い情報が入らなくなる。同調圧力も強い。その結果、全員の意見が一致しているという幻想を抱いてしまったり、社内規範だけを重視したりするため、同質性は経営リスクにもつながります。イノベーションを起こすためにはダイバーシティが担保されなければならないと言われますが、私はリスクマネジメントの観点からもダイバーシティは重要だと思っています。
著書では、変化しないことのリスクも述べられていました。
変化を担うどころか邪魔してしまう社員は、組織にとっての一番のリスクです。
以前、若手社員に「どんなミドルシニア像を望むか」をインタビューしました。「当たり前を自ら覆す」「過去の過ちを認めて頭を下げられる」「社会の変化を受け止めてアップデートしようと努力できる」、加えて「仕事以外の居場所を持っている」。こうした若手の理想とするミドルシニア像を叶えようと思ったら、アップデートするための努力が求められます。「変化しない」はすなわち、そこでおしまいなのです。
私は、日本の昔の起業家たちはむしろ変化を好んでいたと感じています。例えば松下幸之助さんが今に生きていたら、きっと変化することを選ぶのではないかと。偉大な経営者は常にイノベーションの担い手だったのですが、今は逆に長い伝統があることが企業の変化を縛っているのかもしれません。
期待役割の明確化と制度構築でキャリアの再設計を促す
ミドルシニア人材がキャリアを再設計するにあたって、企業側はどういった支援をすればよいと思いますか。
1つは期待役割の明確化ですね。役職定年後における期待役割として、技能継承や若手育成など、組織の期待を言語化し伝えることが大切です。特に近年増えているのが、ベテランプレイヤーとしての役割です。営業で実績を積んだ人にはそれに見合った処遇をするなど、これまでは補佐や後進育成の役割だけを求められがちでしたが、労働人口不足に伴い、スペシャリストとして自分の技能を生かして結果を出す働き方を求められるようになってきています。
2つめに、メリハリのある評価や処遇。一律に年齢で判断して給与を下げるのではなく、個人のスキルや働きたい希望、体力を踏まえたうえで評価や処遇を決める必要があります。
最後に、自律的キャリアのケアですね。これまでは役職定年直前でガイダンス的なキャリア研修のみでキャリアを振り返る機会がないなか年齢を重ねてきましたが、会社としては早い段階から自律的キャリアの構築支援をするべきです。あわせて、従来のルーティンによる異動だけでなく、個人のキャリア形成支援を目的とした手挙げ式で異動できる環境を整えるなど、社内で活躍できる場を自ら選べるキャリア選択の制度を構築することが必要ですね。
企業はリスキリングとアンラーニングのサイクルを回せる環境の構築を
興味深いお話ですね。白河さんがこれまでご覧になった中で、ミドルシニアが活躍し成果を上げた取り組みがあれば教えてください。
1つは、40歳くらいで行うキャリア研修ですね。行動変容には10年ぐらいのリードタイムが必要であり、60歳の役職定年を目前にしてキャリア自律を促されても難しいので、早めに自律的なキャリアを支援すべきです。社内で育成した人材を講師として自律的なキャリア形成をサポートする仕組みや、自主的な勉強会の開催を推進するなど、循環がより良い取り組みにつながります。
キャリア研修をすると、少なからず将来に対する不安を抱く人もいます。ですから、不安を感じる理由を明確にし、課題を把握して対応策を考えることを促すことが重要です。日々の業務に真剣に取り組んできた世代の人たちなので、何らかのきっかけがあれば「自分はまだ会社に貢献できる」とモチベーションを高めることができるのです。
もう1つ重要なのは、学ぶ機会を与えることですね。そもそも日本のビジネスパーソンは、世界に比べて自己投資をしません。社会に出ると、まったく勉強しなくなってしまうのです。積極的にミドルシニア人材を活用しているある大手証券会社が行ったアンケート調査でも、ほとんどの社員が勉強していないという結果でした。皆さん、目の前の業務に追われてしまって、勉強する時間がないというのです。今後より流動性が増していく時代に、専門性やさまざまなスキルを磨くことは必須です。そのために、企業側も社員にリスキリングなど学びを促して、自律的キャリアを形成する支援をしてほしいですね。
変化することが大切であるとともに、ミドルシニア人材が変わることは、なかなか難しいと聞きます。
そうですね。リスキリングといっても、過去の成功体験に固執してしまうとなかなか進みません。過去の学びを捨て去るアンラーニングもセットで必要です。アンラーニングをどう進めるのか。先ほど、若手の理想とするミドルシニア人材として「会社の他に居場所を持っている」を挙げましたが、サードプレイスを持ち多様な価値観に触れることがひとつの解決策です。副業のような形で別の企業の仕事を体験したり、NPO法人でプロボノ(専門知識やスキルを生かして社会貢献するボランティア活動)をしたりするなど「越境」をする。それは例えば、地元のスポーツチームで子どもたちにスポーツを教えるでもいい。会社の仕事だけでなく越境体験をすることはとても重要なのです。そういった越境体験の機会提供も必要ですし、またそうした体験ができるような環境を整える必要もあります。そのためには、会社側が定時で退社するなど、制度で強制的に学ぶ時間、越境する時間を確保するくらいでもいいと思っています。
「キャリアと人生」を結びつけ、変化と多様性への対応力を磨く
これからミドルシニア人材のキャリア支援に取り組みたいと考えている企業の人事部門に向けてアドバイスをお願いします。
多くの会社では、若手や女性に関する投資は盛んに行われている一方で、ミドルシニア層の存在が忘れられているように感じます。ミドルシニア層への支援を行わなければ、若手の閉塞感を煽る結果になりかねません。世間では「若手活躍」「女性活躍」といった言葉が先行しがちですが、本質的には「全員活躍」が正解なのです。
人事制度は、これからますますジョブ型雇用に近づいていくでしょう。それはつまり、製造業中心だった昭和の時代から続いてきた人事制度を壊すことになります。そこで人事が従来のやり方を捨てられるかどうか。仕事だけの「キャリア」を考えるキャリアの支援だけではなく、人生丸ごと振り返る視点をもった「キャリア」の支援をしていってほしいです。
個人に立ち返れば、同じ人は1人もいません。「組織の自分」という鎧を壊して、自分が多様な役割を背負っていることに気づくことで、人の多様性も認められるようになるのではないでしょうか。