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「アンラーン」でミドルシニア人材が活躍する場を作る。
東京大学大学院教授・柳川範之氏インタビュー

企業を取り巻く外部環境の変化に対応し、従業員のキャリア自律を促進する「リスキリング」が注目されています。ミドルシニア人材の活躍を支援する意味でもリスキリングは重要です。一方、既存業務での長年の経験を持つ従業員に新たな学びへ向かってもらうことの難しさを実感している人事部の方も多いのではないでしょうか。

この取り組みの鍵となるのが「アンラーン」。東京大学経済学部教授の柳川範之さんは、アンラーンについて「新しいことをインプットする前に過去の経験、スキルや思考のクセを解きほぐすことが必要」だと指摘しています。

アンラーンの意味や従業員のアンラーンを支援するための方法を知ることは、キャリア研修やキャリアカウンセリングの成果を高めるヒントになるはず。これからの人事に求められる取り組みを柳川さんに聞きました。

職種や企業に適応すればするほど「思考のクセ」が生まれ、従来の考え方に縛られてしまう

柳川さんがアンラーンに注目している背景をお聞かせください。

柳川(以下略):私はこれまで、人々の働き方や人事のあり方が経済全体の鍵であると考えて研究を進めてきました。その過程で、高い能力を持っているにもかかわらず、従来の発想にとらわれる思考のクセから抜け出せないことで活躍しきれずにいる人が多いと感じるようになったのです。それを解きほぐしていくことが、彼らが新たな活躍のチャンスを得るためには欠かせないのではないかと。

なぜ「思考のクセ」が生まれるのでしょうか。

職種と企業文化それぞれに、過度に適応してしまうからだと考えています。

職種でいえば、例えば生産現場なら機械の使い方に成熟すればするほど、日々のルーティンも含めて思考のクセが生じていくでしょう。しかし技術革新によって新しい機械が入ってくれば、それまでの思考のクセを一度解きほぐして新しい使い方に対応しなければいけません。他の職種でも同様のことが起きるはずです。

企業文化への過度な適応によっても思考のクセが生じます。企業ごとに文化や制度があり、手続きにも独特な用語がある。

だから企業合併には苦労が多いわけですね。企業文化は仲間内の結束力を高める上では意義があるものの、その文化に染まった人は転職時に苦労するかもしれません。長期雇用が慣例化して、何十年も働き続ける人が多い大企業はこの傾向が強いのではないでしょうか。

一つの職種、一つの企業での勤続が長いミドルシニア人材は特に、従来の考え方にとらわれがちです。「自分は営業を30年やってきたので、これからも営業しかできない」「自分はずっとこの会社に尽くしてきたので他社には行けない」という発想になってしまうのです。

ミドルシニア人材をどのように支援すれば、新しいステージで活躍してもらえるのか。この課題感を持つ人事部の方は多いと思います。

人は、未来に明るい選択肢が見えないと、今の環境にしがみつくようになってしまうものです。これまでの経験やスキルを生かして、新しい仕事や場所でも活躍できるのだという自信を持ってもらうことが必要なのではないでしょうか。

リスキリングは「まずアンラーン」から。自身の経験、スキルを抽象化するための学びとは

新しい環境や仕事に適応するための方法として「リスキリング」が注目されています。リスキリングとアンラーンは何が違うのでしょうか。

リスキリングは「学び直し」と言われるように、新しいことをインプットする意味合いで使われることが多いように感じます。アンラーンはそのためのステップの一つだと考えてください。

私たちが主張しているアンラーンは過去を忘れることではなく、過去に経験したことを生かして、より未来で活用できるようにすること。長年の思考のクセにとらわれていると、「この経験や知識はこんな場面でしか役立たない」と思い込んでしまうこともあります。

どんな本を読み、どんな勉強をしても、思考のクセというバイアスによって学びが身に付かない。だからこそ「まずアンラーンをしてからインプット」のステップが大切なのです。

アンラーンの具体的な進め方を教えてください。

まずは自分の経験やスキルを棚卸しして、どんな意味を持っているのかを理解することが必要です。実はここが難しい部分でもあります。

「あなたの経験は?」と聞かれたとき、多くの人は過去のイベントを回答します。「こんなプロジェクトに参加した」「こんな商談をまとめた」といった具合です。しかし、そのイベントによって何ができるようになったのかを語れる人は少ない。つまり経験という具体を抽象化できていないということです。

自分は何をやってきて、何ができるようになったのか。これを抽象化して語れるようになることがアンラーンの第一歩となります。

具体を抽象化する力を得るために役立つのは学問です。経済学や経営学、法学、哲学などの社会科学系の学問は、モヤモヤしてうまく整理できない個別の経験を抽象化し、言語化する際の助けになってくれるはず。

近年では改めて社会人の教養が重視されるようになりましたが、教養は物知りになるためだけに必要なわけではありません。自分の経験を本当の意味で生かすための道具なのだと考えるべきです。

企業研修では業務に直結するスキルの習得が重視されがちですが、教養を学ぶ場を提供することも大切であると。

そう考えます。今はリスキリングがブームになっていて、新しいスキルを身に付けたり、セカンドキャリアで生かせる能力を習得したりすることにインプットが偏りがち。それ自体は否定しませんが、企業は、従業員がこれまでの経験を整理するための支援にもっと力を入れてもいいのではないでしょうか。

近年では大学側の社会人教育の受け入れ枠も広がっています。ただ、そこでの学びがどんなキャリアにつながるのか、企業側での整理がまだまだ不明確であることも事実でしょう。実務につながる分かりやすいスキルを学ぶわけではないからこそ、アンラーンの意義やアンラーンがどんなステップアップにつながるのかを整理して、研修制度を設計すべきだと思います。

無意識の思い込みから脱却するための鍵は「ダイバーシティ」

従来の思考のクセから脱却するためには何が必要でしょうか。

自分が当たり前に繰り返している習慣を疑ってみることです。多くの場合、私たちは無意識のうちに自分の思考を縛り、「こんな場面ではこうすべき、これしかできない」などと思い込んでしまっているからです。

とはいえ、ほとんどの人は日々そんなことを考えませんよね。当たり前を毎回疑っていると仕事になりません。

手立てはあるのでしょうか。

確実にあります。ダイバーシティです。

思い込みがとけるのは、全く違う発想を持つ人が組織に入ってきたとき。「なぜこのやり方を続けているんですか?」「この方法に変えたがいいのでは?」と指摘を受けることで、長く組織にいる人も新しい見方に気づけるのです。

だから、人事は異質な人をできる限り増やしていくべきでしょう。キャリア採用で異業種出身の人を迎える、性別や人種を多様化させる……。そうした変化によって、ある種の軋轢が生まれるかもしれません。同質性の高い組織のほうが物事はスムーズに進むかもしれない。それでも、あえて異質な人を議論や意思決定に参加させることが必要だと考えます。

ミドルシニア人材に投資することは、未来の人材を育てることにもつながる

ミドルシニア人材のアンラーン支援に取り組む企業や人事部の方へ、実践に向けてのアドバイスをお願いします。

人事部門や人事パーソンもアンラーンが必要なのではないでしょうか。人事もこれまでの当たり前を見直すべき時に来ています。例えば、人事が勝手に配属を決めて転勤させるようなやり方は通用しなくなってきた。この一例だけをとっても、多くの企業の人事戦略に発想の転換が求められると思います。

その上で従業員のアンラーンを支援し、個がスキルを棚卸ししていくことで、部門としての棚卸しや企業の成長にもつながるはずです。

ミドルシニア人材が長く活き活きと活躍できる環境を作るためには、どのような対応をすべきでしょうか。

ミドルシニア人材が活き活きとしないのは、「活躍の場所が見えない」からではないでしょうか。これは一企業だけでなく、社会全体の大きな課題でもあります。ミドルシニア人材がいかに活躍する場を作っていけるか。

社内にその場があればベストかもしれませんが、難しいのであれば、社外にも場を確保していくべきだと思います。この取り組みに注力する企業は評価が高まるはずですし、将来的に良い人材を確保し続けるための一つの戦略にもなり得ます。

ミドルシニア人材が目に見えて活き活きと働いていれば、組織全体の雰囲気も変わっていくはずです。若手は職場のミドルシニア人材をよく観察しています。仕事に意欲や希望を持てない上司がいると、若手は「この会社には未来がない」と感じてしまうかもしれません。逆に上司が活き活きと仕事を楽しめていれば、「自分もそうありたい」と考え、より能動的に仕事に関わってくれるでしょう。

人事部門は若年層にばかり目が行きがちで、研修や育成の予算も若手に割きがちです。しかし今後は、もっとミドルシニア人材にも投資していくべきだと考えています。ミドルシニア人材に投資することは、結果的に未来の人材を育てることにもつながっていくのです。

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