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人的資本情報の開示に関する「ISO30414」と
2022年8月30日政府方針について

2018年の国際標準化機構(ISO)による「ISO30414」策定をきっかけに、世界中で企業に人的資本情報の開示を求める機運が高まっています。

その流れは日本も同様です。2022年6月、政府が閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2022(通称「骨太の方針」)」の中では「人への投資」が強調されており、同年8月には、企業による人的資本情報開示の方向性を定めた「人的資本可視化指針」が策定されました。今後多くの企業において、人材戦略や育成、採用、ミドルシニア人材の活用などの人的資本情報の開示を検討する必要性が高まっています。

なぜ今、人的資本に注目が集まり、その開示が求められているのでしょうか。そのきっかけとなった「ISO30414」の内容や、2022年8月30日に非財務情報可視化研究会が発表した「人的資本可視化指針」の概要についてお伝えします。

人的資本情報開示の国際指標「ISO30414」とは

ISO(国際標準化機構)とは、スイス・ジュネーブに本部を置く、国際規格の策定を目的とした非政府組織です。ISOは工業や食品安全、農業、ITなど、さまざまな分野の国際規格を策定しており、その中の一つが2018年に策定されたISO30414(人的資本の情報開示のガイドライン)です。これは企業における人的資本の情報を可視化するための指標であり、ISO30414を活用することで、企業は業界や業種、組織の規模などに関わらず、人的資本の状況を把握し、開示することができます。

ISO30414が策定された背景には、人的資本を企業価値の重要な要素として捉える動きがあります。例えば2014年には、EUで企業の雇用やダイバーシティなど、人的資本に関する情報を開示する義務が付され、人的資本が企業価値や投資家への評価に大きな影響を与えています。こうした中で、日本でも人的資本情報を開示するための指標が求められる流れになりました。

ISO30414では、以下のような領域で人的資本情報の開示を促しています。

Costs(費用)
総人件費用や外部人件費用、1雇用あたりの費用など、人的資本に投じているコストに関する領域です。

Diversity(多様性)
自社の従業員の年齢、性別、障がい者の有無、経営層のダイバーシティなどに関する領域です。

Leadership(リーダーシップ)
経営層への信頼性や一人の上司が何人の部下を管理しているかなど、組織内のリーダーシップに関する領域です。

Organizational culture(組織文化)
従業員の定着率や従業員満足度などの組織文化に関する領域です。

Organizational health, safety and well-being(組織の健全性、安全性、福利厚生)
労災件数や業務中の死亡者数、研修への参加割合など、組織のウェルビーイングに関する領域です。

Productivity(生産性)
従業員一人当たりの収益や人的資本のROI(投資利益率)など、人的資本に関する生産性の領域です。

recruitment, mobility and turnover(採用、異動、離職率)
採用、異動、離職者の数や比率、期間、プロセスなどに関する領域です。

Skills and capabilities(スキル、能力)
人材育成や人材開発にかけた費用や研修の実施状況などに関する領域です。

その他、compliance and ethics(コンプランアンスと倫理)、Succession planning(後継者育成)、workforce availability(労働者確保)など、11の領域で人的資本情報の開示を求めています。

日本での人的資本情報可視化の方針

ISO30414の策定以降、日本でも人的資本の可視化に関する取り組みが本格化しています。

その取り組み結果の一つが、2020年9月に発表された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書〜人材版伊藤レポート〜」です。同レポートは、経済産業省が主催し、一橋大学名誉教授の伊藤邦雄氏を座長に据えた研究会の最終報告書であり、現在の日本における人的資源の取り組みに大きな影響を及ぼしています。

同レポートでは、「人材は、これまで『人的資源(Human Resource)』と捉えられることが多い。この表現は、『既に持っているものを使う、今あるものを消費する』ということを含意する。(中略)しかし、人材は、教育や研修、また日々の業務等を通じて、成長し価値創造の担い手となる。(中略)このため、人材を『人的資本(Human Capital)』として捉え、『状況に応じて必要な人的資本を確保する』という考え方へと転換する必要がある」として、人材を「管理」の対象とする従来のあり方から、「投資」の対象へ変革する提言を行っています。

伊藤レポート2.0で示された変革の方向性

伊藤レポート2.0で示された変革の方向性

同レポートは2022年5月に改訂版の「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」が発表されており、そこでは2021年に上場企業における企業統治のガイドラインである「コーポレートガバナンス・コード」に人的資本についての記載が盛り込まれたことを踏まえ、より具体的な人的資本に関する取り組みが記されました。

そしてこの流れを受けて、2022年8月に「人的資本可視化指針」が閣議決定されます。同指針は、人的資本情報の開示を求める世界的な潮流に対応するべく、政府が企業の人的資本の可視化に関する方針を定めたものです。

その中では「『人材戦略に関する経営者の議論とコミットメント』、『従業員との対話』、『投資家からのフィードバックを通じた経営戦略・人材戦略の磨き上げ』の一連の循環的な取り組みの一環として可視化に取り組むことが必要」として、企業における人的資本の可視化の方法や、可視化に向けたステップなどを記しています。また、同指針と「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書〜人材版伊藤レポート〜」などを併用することで、有効な人材戦略の策定が期待できるともしています。

「人的資本可視化の指針」の役割

「人的資本可視化の指針」の役割

まず、人的資本の情報を可視化する上では、企業や経営者に対して以下のような対応を始めることを期待していると明記しました。

 

非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」より
人的資本の可視化において企業や経営者に期待されていることを概括すると、
➢ 経営層・中核人材に関する方針、人材育成方針、人的資本に関する社内環境整備方針などについて、
➢ 自社が直面する重要なリスクと機会、長期的な業績や競争力と関連付けながら、
➢ 目指すべき姿(目標)やモニタリングすべき指標を検討し、
➢ 取締役・経営層レベルで密な議論を行った上で、自ら明瞭かつロジカルに説明すること

 

また「コラム②:ステップ・バイ・ステップでの開示」では、人的資本や人材戦略を整理して、それを開示してブラッシュアップしていく流れを示しています。

 

非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」より
最初から完成度の高い人的資本の可視化を行うことは難しい。反対に、人材戦略の立案やその可視化に完璧性を期すあまり開示が遅れたり、開示事項の充実をためらったりすることがあっては本末転倒となる。
まずは、「できるところから開示」を行った上で、開示へのフィードバックを受け止めながら人材戦略やその開示をブラッシュアップしていく、一連のサイクルにステップ・バイ・ステップで臨んでいくことが望ましい。

ステップ・バイ・ステップでの開示(イメージ)

ステップ・バイ・ステップでの開示(イメージ)

そして可視化に向けて、企業は最初から先進的な開示を追求するのではなく、段階的に社内体制の構築や議論も行いながら、制度開示(有価証券報告書等)や任意開示への対応を充実させていく必要があるとして、以下のような準備例も挙げています。

 

非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」より
可視化に向けた準備例
具体的なアクションは、取締役会や経営層のこれまでのコミットメントや経験、社内の体制(戦略部門、IR部門、人事部門、財 務・経理部門、サステナビリティ関連部門の体制や関係等)、開示に係るこれまでの経験等によって多様であるが、例えば、以下で述べる循環的なプロセスや体制作りは、可視化に向けた準備及び継続的・効果的な可視化を支える基礎として重要である。
また、一連の循環的な取組の中で、定量的な把握と分析(As is-To beギャップの定量的把握)を深めていくことが、人材戦略の実効性の確保やその見直し、効果的な可視化の上でベースとなる。

可視化に向けた準備(例)

可視化に向けた準備(例)

その他、投資家にとって馴染みやすい開示構造となっている「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの要素に沿って開示することが効果的かつ効率的であることや、可視化のステップ例として有価証券報告書における対応と任意開示の戦略的活用が盛り込まれています。企業の価値として人的資本が占める割合が高まることが見込まれ、今後多くの企業で、具体的な対応や整備について検討が必要となると考えられます。

人材を投資対象とし、企業価値向上の原動力にする

この記事では、人的資本情報開示の国際指標であるISO30414の内容と、日本における人的資本に関する取り組みや政府方針の方向性についてお伝えしました。

 人的資本情報が開示されることにより、企業の人材戦略は、財務情報と同様に企業価値を左右する指標となるはずです。そうした中では「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書〜人材版伊藤レポート〜」が説くように、人材を投資の対象として捉え、企業価値向上の原動力としていく必要があります。

また同レポートの「実践事例集」では、複数の企業の取り組み事例が紹介されています。例えばソニーグループ株式会社では「多様な個を軸とした人事戦略の実行」を掲げ、ソニーユニバーシティによる次世代リーダー育成や、技術戦略コミッティによる技術者の育成など、「個」を伸ばす取組みを実施。ロート製薬株式会社では、新しい価値を創造し続けることを目指して、人財登用や育成などの「人財マネジメント」を体系化し、定量的に把握したエンゲージメントに基づく全社横断型の異動を実現しています。

そういった人的資本の取り組みが可視化され、投資家を始めとしたステークホルダーからの評価の対象となる時代に向け、多くの企業が人的資本情報の開示への対応、そしてこれからの時代に向けた人材戦略の策定・実行に本腰を入れる時期なのではないでしょうか。

 

(出典)
・内閣府「「経済財政運営と改革の基本方針2022について
・ISO「ISO 30414:2018
・経済産業省「「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~
・経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~
・経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~ 実践事例集
・非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針

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